2021-03-31 第204回国会 参議院 本会議 第12号
結びに当たりまして、私を産み育ててくれた父と母、一番身近に支えてくれた親愛なる妻の和子と家族、親族、そして苦楽を共にしてくれた事務所スタッフに感謝をささげたいと思います。 本日は誠にありがとうございました。(拍手) ─────・─────
結びに当たりまして、私を産み育ててくれた父と母、一番身近に支えてくれた親愛なる妻の和子と家族、親族、そして苦楽を共にしてくれた事務所スタッフに感謝をささげたいと思います。 本日は誠にありがとうございました。(拍手) ─────・─────
国民への思いとか、国民と苦楽をともにするとか、そういう感じが伝わらないんですよ。 総理、そういうことを総理の周りで誰かに言われたことはありますか。どうですか。いかがですか。
そうであるなら、やはり、ともに四年間、在学中苦楽をともにした仲間全員でそれをしてあげたらいいんじゃないかなと私は個人的には思っています。
日本においては、各国ほどそうした分断、あるいは富の一極集中による言わばポピュリズムの発生や保護主義の台頭ということは起こっていないわけでございまして、その点、我が国は、懸命に生きる人同士が苦楽を共にする仲間だからこそ、何かあれば助け合うと、一致点を見出す、古来そのような共助の精神、まさに瑞穂の国の市場主義をこれは進めてきたことが大切な点であったのかなと。
以降、宮城県気仙沼市、岩手県宮古市にそれぞれ一事業所ずつ設置して、今日まで地域の方々と苦楽を共にし、絶対の信頼を得るに至っております。 さて、訪問リハビリテーション事業の設置については、通常は当該施設に医師がいることが開設の条件となっていますが、東日本大震災復興特区では要件が緩和されています。
懸命に生きる人同士が苦楽を共にする仲間だからこそ何かあれば助け合う、古来、我が国にはそのような共助の精神があり、そうした精神の下、時には、災害においてはそういう精神が発揮をされてきたんだろうと、こう思います。
懸命に生きる人同士が、苦楽を共にする仲間だからこそ、何かあれば助け合う。我が国にはそのような共助の精神があると考えています。 この夏の一連の災害は、列島に大きな被害をもたらしました。他方で、困難な中にあっても、人々は整然と助け合い、譲り合いました。そして、多くのボランティアの方々が被災地に入って活動した。これは、まさにこうした共助の精神の表れではないかと考えております。
(拍手) また、全国各地で叱咤激励くださった皆様、御指導いただきました先輩、同僚議員の皆様、事務所の秘書、役所や国会職員、党本部の皆さん、そして、本日傍聴席にも来ておりますが、苦楽をともにしてくれた愛する家族に、ひたすら感謝いたしております。(拍手) 私は、父である林大幹の秘書を十年、千葉県議会議員を三期務めた後、平成五年七月の第四十回総選挙で初当選させていただきました。
そして、その三人の大臣秘書官、大臣官房、また各省の皆さんとともに、国会答弁を含めて苦楽を共にしてきました。 三人の秘書官は、私と同じ子育て世代、同じ四十代でございました。その彼らの働きぶりを見ていてちょっと異常じゃないかというふうに思うのは、公務員の国会対応の仕事時間帯の過酷さでございます。
「蓋シ妻ハ元ト體質孱弱ニシテ、多クハ勞動ニ堪ヘザルモノナレバ、夫ハ之レヲ憫ミ、力ヲ極メテ之レヲ扶ケ、危難ニ遇ヒテハ、愈之レヲ保護スベク、又妻ハ元ト智識才量多クハ夫ニ及バザルモノナレバ、夫ガ無理非道ヲ言ハザル限リハ、成ルベク之レニ服従シテ能ク貞節ヲ守リ、妄ニ逆フ所ナク、始終苦楽ヲ共ニスルノ念慮ナカルベカラズ」というふうに書かれております。
タルモノハ、夫ニ柔順ニシテ、妄ニ其意志ニ戻ラザランコトヲ務ムベシ、蓋シ妻ハ元ト體質」、ちょっとそこ読めないんですが、「體質」、弱いということですね、「弱ニシテ、多クハ労動ニ堪ヘザルモノナレバ、夫ハ之レヲ憫ミ、力ヲ極メテ之レヲ扶ケ、危難ニ遇ヒテハ、愈之レヲ保護スベク、又妻ハ元ト智識才量多クハ夫ニ及バザルモノナレバ、夫ガ無理非道ヲ言ハザル限リハ、成ルベク之レニ服従シテ能ク貞節ヲ守リ、妄ニ逆フ所ナク、始終苦楽
歴史ある挙母の名前を変えてでも豊田市に変更して、市民と行政とトヨタ自動車及び関連企業が苦楽をともにしてきたわけでございます。 そういう中で、自動車メーカーの法人関係諸税が、リーマン・ショックのときは四百四十億しかありませんでしたけれども、平成二十五年には七千四百六十六億円、約十七倍に回復してまいりました。
四十三年間苦楽をともにされた、先生を身近でお支えしておられた奥様は、お別れの会で、いつまでも少年のような純粋な心を持った人でしたとおっしゃっておられました。 先生が標榜された自然との共生は、子供のころの御自宅や軽井沢の豊かな自然の中でチョウを追った原体験に基づいた、自然を愛する心から発しているものであります。
それでは、続いて、きょうは敬愛申し上げます加藤大臣に来ていただいておりまして、やはり今や風前のともしびの消費税、当時、党派は違いますけれども志を一にして、苦楽をともにさせていただいたことを思い出さずにはおれない、いろいろな内外の事情になりつつあるように感じております。
あの未曽有の大災害を当時経験し、そして被災地の方々とずっと苦楽をともにしてきた人とはちょっと意識が違うのではないかという危惧を覚えていたんですけれども、きょうの御答弁を聞いていると、やはり被災地の人ではないんだなという思いを強くいたします。
ここまでお育ていただいた地元の皆さんに心から感謝申し上げるとともに、苦楽を共にしてきた家族に心から感謝の念を表して御礼のご挨拶とします。 ………………………………… 佐田玄一郎君の挨拶 この度の在職二十五年の表彰を賜りまして大変光栄に感じております。
最後に、この二十五年間、私を含め一緒に十二名の永年表彰を受けた議員を支え、苦楽をともにしていただいた御夫人方、傍聴席の我が妻も含めでございますが、有縁の方々に深い感謝の誠をささげ、本日表彰を受けた方々とさらに全力で国家国民のために政治活動に邁進することをここにお誓いし、謝辞とさせていただきます。 ありがとうございました。(拍手)
さまざまなアイデアから、取材を一緒にして、あるいは資料を集めて、それがまた本当に果たして世に出せるのかわからない段階から一緒に、本当に苦楽をともにしてつくっていく場合もあります。まさにさまざまなものがあるので、本当に千差万別と言う以外ないんです。 今いろいろとネット上で、みずからまさに本のような形にしてレイアウトまでして出される方もいます。
一方で、中小企業の経営者としても、苦楽を共にしてきた従業員の給与を上げたいという思いは持たれていると思います。 先ほど申し上げた日経新聞とテレビ東京の世論調査では、こういったデータも出てきております。
要するに、人と人とのつながりを地域活性化に生かすには、苦楽を共にできる意気投合する仲間がいて、これは決して楽しいことだけではなくて、同じ苦しみを持つところからもがいて、そしてそれを乗り越えようとする、そういう中で意気投合する場合もあるわけですけれども、そういう仲間がいて、そしてそういう人たちを引っ張ったりバインドしたりする人がいれば形になるという事例が集められたと思っております。
総理は、施政方針演説の冒頭で、共助や公助の精神は、単にかわいそうな人を救うことではありません、懸命に生きる人同士が、苦楽をともにする仲間だからこそ、何かあれば助け合う、そのような精神であると考えますと述べられました。全く同感であります。 今を懸命に生きる被災された方々に寄り添い、平穏な生活を取り戻す復興、福島の再生に総力を挙げる、その姿こそ、総理が言われる強い日本ではないでしょうか。